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長野県民主医療機関連合会

アクセスマップ

〒390-0803
長野県松本市元町2-9-11
民医連会館2F
TEL.0263-36-1390
FAX.0263-33-1229

機関紙:長野県民医連

第275号 2013.08.25

戦後68年目の夏 再び戦争の惨禍をゆるさない国を

衆参選挙後、安倍政権は、事あるごとに過去の軍国主義や侵略戦争を肯定する歴史認識を表明しています。その右傾化ぶりは、アジア諸国だけでなくアメリカさえも危惧するものです。あらためて身近にある戦争の影を感じ、学びながら平和を守る運動をすすめましょう。

ノーモアヒバクシャを誓った原水爆禁止2013年世界大会 in長崎

8月3〜5日、長崎県で原水禁世界大会が開かれました。この大会は1954年のビキニ環礁でのアメリカの水爆実験をきっかけに沸き起こった原水爆禁止署名運動を背景に、55年に広島で、56年に長崎で開かれました。以来、会場を交互にして毎年開催されています。今年は県連から職員・共同組織37人が参加しました。

「佐世保基地調査行動」を通して
「佐世保基地調査行動」を通して
諏訪共立病院・PT 牛山 元

私は、佐世保基地の実態調査に参加しました。
佐世保市内に到着し、まず海上から佐世保基地を見学しました。港には自衛隊のイージス艦が止まっていて、非日常的でどこか物々しい雰囲気がありました。また、弾薬庫から70mしか離れていない所に民家があるなど、一歩間違えば大災害を引き起こす状態で基地が成り立っていることに驚きました。
海上から見た後は、弓張岳展望台で佐世保原水協の方から説明を聞きながら、基地の全貌を見学しました(写真)。
基地を見て感じた事は、知らないところで、日本がいつでも戦争のできる国にさせられているということです。今回の分科会では実際に見ることで学ぶことが多かったので、今後の活動に活かしていきたいと思います。


「被爆遺構・碑めぐり」分科会に参加して
「被爆遺構・碑めぐり」分科会に参加して
ハートヒル川路・介護 片桐 美保

私は被爆2世の方と共に被爆遺構や碑をめぐる分科会に参加しました。
まず爆心地の松山公園を訪れました。68年前、この公園の上空500mで原爆は炸裂し、まさに地獄絵図の中心となった場所です。また、平和公園や山里小学校(写真)、浦上天主堂等を廻りましたが、ガイドの方の説明を聞くことで原爆投下当時の状況に、より深く思いをめぐらせることができました。
戦争は終わりましたが、核兵器は未だ存在し、被爆者の方々に対する国の補償も十分ではない。被爆者の方々の戦いはまだ終わっていないのです。
私は今回長崎を訪れ、一人でも多くの方に被爆の実相を知っていただき、核兵器のない世界を作るべく行動に参加していくことが大切だと痛感しました。


分科会「反核平和と文化」に参加して
分科会「反核平和と文化」に参加して
特別養護老人ホームゆい・介護 小野 加奈子

分科会では、核に対するアメリカと日本の子どもたちの考え方についての報告がありました。『原爆投下は是か非か?』と討論したところ、日本は「核は使ってはいけない。ダメだ!」というのに対し、アメリカは「戦争を早く終わらせ、多くの命を救った」と言っていたそうです。核の残虐性は全く伝わっていないと知り衝撃を受けました。
海外向けに本を出版したり、ニュージーランドではコンサートを開いて「核兵器は残虐兵器」ということを浸透させる活動や、国内では音楽や本、演劇など、子どもたちが参加でき、学べる機会が多くあることを分科会の報告で知りました。
このように、文化を通じ各国、各世代へ伝えていくことはとても重要な活動です。作品に込められた思いを大切にし、広めていくことは私たちにもできることだと思います。心を感動させる運動を続けていきたいと思います。


ピースレンジャー主催 上伊那の戦跡で歴史を学ぶ

上伊那医療生協では原水禁世界大会に参加した職員と有志でピースレンジャーを結成しました。昨年の参加者から「上伊那版ピーゼミができないか」と提案があり、ピースレンジャーを中心に企画しました。

7月27日のフィールドワーク
7月27日のフィールドワーク

7月27日(土)、伊那市の元高校教諭 久保田 誼先生を講師に、私たちが暮らす伊那の地の歴史を学びました。
久保田先生は、「アジア太平洋戦争末期、日本中が壊滅状態に追い込まれる中、最後の砦とされたのが長野県でした。天皇皇后の御座所をはじめとする大本営(戦時中の最高司令部)が松代に移転する話は有名ですが、実は上伊那にも現在の若宮団地・上の原一帯(伊那市)に広がる平地には、多くの若者を特攻隊として戦地に送り出すための飛行訓練所がありました。そして軍用機の製造工場を疎開させてくる計画もありました。すでに工場の建設は始まっており、8月20日に開工式を行う予定でした。8月15日に終戦を迎えましたが、もし戦争が終わっていなかったら、上伊那の地にも爆撃があったかもしれません」と話しました。
参加した職員からは「今まで何気なく通っていた道にこんな歴史があったなんて知らなかった」「他の職員にも知ってもらいたい」などの感想が出されました。地域にある戦争の記憶を、私たち自身が学び、次の世代へと平和の想いを紡いでいけるよう、このような機会を作っていきたいと思います。

(唐沢 正吉)

ピーチャリ、新コースで走ります!

ロゴ入りTシャツも復活

9月28-29日、第7回信州反核平和自転車リレー(ピーチャリ)が行われます。例年は県下を縦断しましたが、今年は北コースと南コースの2コースで出発します。それぞれの思いのこもったたすきをつないで松本市内で合流し、ゴールの松本協立病院をめざします。自転車をこぐ人、応援する人、大勢のご参加をお待ちしています。
13年版ピーチャリTシャツを販売します。ご協力ください。

(ピーチャリ実行委員・南長池診療所 南波 洋平)

北コース

  • 28日
  • 上田生協診療所長野中央介護センターつるが稲里生協クリニック大町協立診療所
  • 29日
  • 大町協立診療所あずみの里あがたの森松本協立病院

南コース

  • 28日
  • 健和会病院上伊那生協病院諏訪共立病院
  • 29日
  • 諏訪共立病院塩尻協立病院あずみの里松本協立病院

長野県連福島支援委員会の初企画 「福島は今」ともに考えよう

「知ることそのものが支援だと思った」......参加者の感想です。福島支援委員会主催の『「福島は今」ともに考えよう』(福島県民医連の職員、支援に行った長野県民医連職員の話を聞く会)が8月18日、松本市内で60人の参加者で開かれました。

県連新聞に手記を送っていただいている大澤さんが報告
県連新聞に手記を送っていただいている大澤さんが報告

冒頭に鈴木直美委員長(医師)が開催までの経緯を報告し、「今後どのような支援ができるのかを考えるためにも、みんなで現地の状況を知ろう」と訴えました。
現地からは福島民医連医療生協わたり病院職員の大澤由記さんに原発事故後どのように子ども達と過ごし何を感じてきたのかを報告してもらいました。
「福島で現に暮らしている人びとの思いはさまざまで標準や正解はない」といいます。同じ放射線量の食品でも、子どもに食べさせる親とそうでない親。砂場で遊ばせる親とそうでない親がいて複雑な状況であることが語られました。

測定を繰り返し出荷されるきのこ
測定を繰り返し出荷されるきのこ

「それでも多くの住民が福島に残って住み続けようと覚悟を決めている。この人たちに何ができるかを考えてほしい」との訴えがありました。

福島医療生協の高橋さん
福島医療生協の高橋さん

続いて福島医療生協組合員の高橋久子さんから全国からの募金で購入した食品放射能測定器で食品のセシウムを測定している活動が報告され、住民に喜ばれている様子がわかりました。

福島へ支援に行った佐野達夫医師は、「全原発廃炉に向けた取り組みが必要だと感じる」と発言。熊谷由香理看護師も、「仮設住宅に訪問して共通していたのは"原発さえなければ"という言葉。被災地への関心が薄れようとしている中、一人ひとりが被災地を知ることが大事」と強調しました。
全体を通して「悩みながらつながり続ける事が大事」ということが確認できた会となりました。

(県連福島支援委員会 織野 孝司)

Topix マンモグラフィーのフィルムレス化すすむ

     「子どもたちが一番の被害者と感じた」と大澤さんがおっしゃっていましたが、子どもさんの手紙や様子を聞き、胸が苦しくなりました。事故が福島原発で起きましたが、原発は日本中にあります。福島の未来を考えることは日本の未来を考えることだと感じました。

     震災から2年以上がたち、「原発は必要」という声が平然と出てくるようになった今、こうして現地の方々の話を聞くことができ、とても貴重な機会となりました。今まで当たり前だった生活が一日で激変し、その後2年以上たっても、様々な制限のある生活を強いられている現状があります。その中で生活する人々や子どもたちが様々な想いを抱えながら懸命に前をむいて生きていこうとしている事。それを忘れてはならないと思います。「学ぶこと=生きる力」であり、それは私たちにとっても重要です。

     実際に原発事故の被害にあった方の生の声や話を聞いたのは初めてだったので、すごく衝撃的だった。何が正しくて、どうしたらいいのか右も左もわからない状況の中、悩みながら生活してきた様子を聞くことができて、いろいろ考える機会になったし、すごく胸に響いた。

JBにかける想い

マスコットキャラクター・"まつりんご"

いよいよ準備も大詰めです

第35回全国JB in長野 プレジャンボリー

7月27日(土)に松本勤労者福祉センターで、県内の各院所から80人の職員が参加して「第35回全国JB in長野 プレジャンボリー」が開催されました。
全国JB当日の簡単な紹介や各事業所の活動報告、全国JBに向けて自分たちが何ができるかなど、グループ討論しました。討論の中では、9コースのフィールドワークの内容について、自分たちの知らないことがたくさんあるので、各院所や自分自身で学習を進めていきたいとの意見も出されました。
各院所から集まった初対面の仲間たちともグループ討論や交流会を通して意思統一し、全国JBに向けてひとつになりました。
少しでも長野県のことを知ってもらい、全国の仲間と語って学んで、交流できる全国JB in長野を成功させたいと思います!!

(中島 哲也・倉石 彩美)

Topix マンモグラフィーのフィルムレス化すすむ

チーム在宅が企画したお花見

世間で進んでいるレントゲン写真のフィルムレス化に伴い、当院でも最後の難所であったマンモグラフィーのモニター診断機器を導入しました。
マンモグラフィーの読影では、腫瘤、構築の乱れ、局所的非対称性陰影、石灰化などの乳房に発生した微細な異常を発見しなければいけません。このため、ピクセルサイズの小さい5Mの乳房専用高精細モニターを導入しなければならず、非常に高額な買い物となりました。
フィルムレスは良いことですが、読影を担当する医師らが新しい機器のメリット・デメリットに慣れていくのにしばらく時間がかかりそうです。

(長野中央病院 外科・乳腺専門医・中島 弘樹)

東南西北

東 信

8月3日、1000人会議開催

8月3日、1000人会議開催

東信医療生協では複合型施設の建設に、各分野に分かれて話し合いを進めています。1000人会議とは、組合員も含め多くの方の声を新規事業に生かすための会議で、今後も継続して開催されます。地域の中で住み続けることができるよう、医療と介護の連携を機軸とした発展をめざしています。

上伊那

生協ケアセンター春近なないろの家で夏祭り

生協ケアセンター春近なないろの家で夏祭り

8月4日、伊那まつりの花火大会に合わせて夏祭りを行いました。ご近所や東春近支部組合員さんなど約200人が集まり、盛大に開催できました。たこ焼き、ポップコーン、ヨーヨーなどが出店され、伊那の貫太郎踊り、盆踊りにフラダンスを楽しみました。また、夜の伊那の花火を見るには絶好のロケーションでした。

長 野

平和の集い 〜原水禁壮行会

平和の集い 〜原水禁壮行会

7月30日、長野地域連絡会の平和の集いが62人の参加で開かれました。まず昨年の原水禁世界大会や平和活動の報告がされ、続いて今年の世界大会参加者の壮行会が行われました。たくさんの思いが込められた折り鶴が6人の代表団に手渡され、代表団からは世界大会に向けた強い決意表明がされました。

諏 訪

お舟まつりを楽しむ

お舟まつりを楽しむ

8月1日、お舟まつりが諏訪大社下社で行われ、諏訪共立病院でも毎年恒例となった麦茶の無料サービスを行いました。たくさんの氏子や観光客が病院前で足を止め、冷たい麦茶で水分を補給し、お舟が通り過ぎるのを見守りました。病院の入院患者さんやケアセンター赤砂の利用者さんも真夏のお祭りを楽しみました。

中 信

グループホームで看取り

グループホームで看取り

グループホームなのはなでは、末期症状で延命は望まないというご本人、ご家族の希望により、6月に看取りを行いました。8年間生活を共にしてきた8人の利用者さんがベッドを囲み、「○○さ〜ん」と呼びかけ、休日職員もかけつけ皆に見守られての最期でした。9床のグループホームならではの看取りができたのではないかと思います。

飯 伊

老健はやしの杜でお祭りを開催

老健はやしの杜でお祭りを開催

今年のお祭りは、8月18日の市田の花火大会に合わせて開催されました。日中の屋外ステージ企画では、ウクレレ生演奏によるフラダンス、職員のステージなどがありました。夜7時過ぎからの花火鑑賞は、天気に恵まれて「とてもきれいに見えた」と喜んでもらえました。

松本協立病院の感染対策チーム活動について

松本協立病院・高橋 之

医療者の感染対策を支持するICT

丸の内病院ICTが当院でラウンドを行った後の会議。当院の感染対策での実施状況を確認してもらい、指摘事項をもらっています。的確な事項ばかりでした
丸の内病院ICTが当院でラウンドを行った後の会議。当院の感染対策での実施状況を確認してもらい、指摘事項をもらっています。的確な事項ばかりでした
松本市立病院をICTメンバーでラウンドさせてもらっているところ。広い詰所できれいにゾーニングがされていました。
松本市立病院をICTメンバーでラウンドさせてもらっているところ。広い詰所できれいにゾーニングがされていました。

医療施設にいる患者さんの多くは、基礎疾患や治療のために免疫力が低下している状態です。また、健康で強靭な人でも、医療器具や器械が体の中に入ってくるような侵襲的な手技を受けたことで免疫力が低下してしまいます。このような患者さんに密接にかかわる医療者だからこそ感染対策が必要になります。
そんな医療者を全面的に支持する活動をするのがICT(感染対策チーム⋅⋅⋅Infection Control Teamの略)です。医師・看護師・薬剤師・検査技師がコアメンバーとなり、院内の感染対策活動を行っています。

地域に広がる感染対策の輪

2012年の診療報酬改定により感染防止対策加算が新設されました。その事をきっかけに、ICTとして新たな活動を始めています。今回はその一部を紹介します。
定期的なラウンドでは、ワゴンの使い方や、マスクの使い方等について話をさせてもらいました。また、広域抗菌薬※1が適正に使用されているかを医師・薬剤師を中心に抗菌薬ラウンドも行いました。抗菌薬は他の抗菌薬への変更だけでなく、必要な患者さんに適正量が使用されているかも含めてラウンドを行いその結果、耐性菌の減少につながっています。
ほかには、松本市立病院や丸の内病院の松本近隣の病院との地域連携により、各病院をラウンドしながら直接実施している感染対策を見せてもらうことができました(写真)。感染対策の根底は一緒ですが、それぞれ病院の特徴があり学びが多いラウンドとなりました。このことをきっかけに、日常的な感染対策の相談等も行える近隣の病院ができ、地域での感染対策の輪も広がっていると実感しています。
その他に各種サーベイランスの実施や、塩尻協立病院との感染対策連携、定期的な学習会なども行いました。

基本に戻り手指衛生を重視

2013年度は感染対策の基本に戻り、手指衛生を中心に学習会・アルコール速乾性手指衛生剤確認・実施タイミングの確認を実施していこうと考えています。
手指衛生は意識しないと実施できません。しかしこれは医療者だけでなく、患者さん・ご家族の皆さんも含めて実施されてこそ、初めて院内の感染対策ができるのだと思います。ICT活動を中心に今後も感染管理※2を続けていきます。

(学運交演題発表より)

※1 広域抗菌薬
病原微生物に対す作用範囲が広い抗菌薬の事。耐性菌の出現や拡散予防のためには広域抗菌薬の適正使用が重要と言われている。
※2 感染管理
医療施設・介護施設・在宅ケアなどにおける全ての人々を感染から守るための組織的活動

NO WAR 平和憲法守る私の声目る⑤

松澤 伸洋(上田生協診療所・医師)

父方の祖父は、明治44年(1911年)の生まれです。北信地方の農家の三男として生まれ、職業軍人としての道を選び陸軍幼年学校に入学し、陸軍士官として旧満州(中国東北部)に赴任しました。父は幼少のころ満州で短期間を過ごした記憶があります。昭和18年(1943年)、叔父が生まれる前に茨城県水戸に移動となったために、昭和20年の敗戦そしてそれに引き続く旧満州での悲劇を経験せずに済んだという経歴の持ち主です。
われわれ孫にとっては温和な祖父であり、怒られた記憶がありません。しかし私たち兄弟が気なしに「戦争で人が死んだところを見たことがあるか」という問いかけをしたとき、「そうだなあ」と短く答え、多くを語りませんでした。
私たちはこのように身近な親族から、実際の戦争の話を聞く事ができる最後の世代といえます。残されているのは長い時間ではありません。祖父は1990年に長野中央病院にて肺癌、脳転移により亡くなりました。もう詳しい話を聞くことはできません。
少なくとも68年前の8月まで、日本は今とは全く異なる時間を過ごしていました。そして、重い代償を払って1945年の8月15日を迎え、そして今に続く時間を共有しています。
われわれの親族は被害者であり加害者でありました。その重い経験があったからこそ、憲法9条の条文「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」という重き言葉を自分たちの言葉として受け止め、それを守ってきました。
昭和20年8月に海軍の事務次官であった井上成美は、晩年に「東アジアの人々に多大な迷惑をかけた、300万人近い犠牲者を出した、何故こんな馬鹿な戦争をやったか、真剣にその反省と研究をすべきだと思います」という主旨のことを述べています。(新潮文庫・「井上成美」阿川弘之著)
われわれは常に、過去を振り返り、親族の言葉に耳を傾け、今は亡き方々の語りたかったことを語り継ぎ、日本国憲法の歴史と日本の悲劇を忘れてはならないと思います。

2分で読めるミニ学習

安倍内閣が秋の臨時国会に提出をめざす「秘密保全法」って?

「政府は、8月14日、国の機密情報の流出を防止する目的で『特定秘密保全法案』(仮称)を制定するため、秋の臨時国会に法案の提出を目指すことを明らかにした」(共同通信)。いま、「秘密保全法案」をめぐる情勢は緊迫しています。
では、「秘密保全法案」とは何でしょうか。政府は、一昨年起きた尖閣沖漁船衝突時点のビデオ映像がインターネットに流出したことをきっかけに、「いまの法律では、国の安全にかかわる秘密の漏えいを防ぐ管理体制が不十分」だとして、「もっと秘密保全法制を作りたい」言い出していました。
法案の内容は、「国の存立にとって重要な情報」を新たに「特別秘密」に指定して、秘密を扱う人の「適正評価制度」を導入し、「特別秘密」を漏らした人を厳しく処罰するなどが想定されています。
この法案の一番の問題は、何を「特別秘密」に指定するかは、行政機関などが自分で決め、第三者によるチェックがないことです。政府が国民に知られたくない情報は、ことごとく「秘密」扱いに指定される危険性があるのです。
また、「秘密扱い人」とされるのは本人だけではなく、その家族や親戚、恋人、友人も本人と同様の調査対象とされます。調査され、管理される人の範囲も行政側の判断で、際限なく拡大される危険性があります。もちろんマスコミの取材活動も制限されます。
この法案は、外交・安全保障政策の司令塔となる、日本版「国家安全保障会議(NSC)」の年内発足をにらみ、情報管理の徹底が不可欠とされています。国民の「知る権利」やマスコミによる取材の自由が侵害される可能性があり、重大問題です。
この動きは、国民を統制し、憲法9条を改悪して戦争ができる日本をめざす安倍政権の危険性をいっそう明らかにするものです。さまざまな分野の運動が連携して、こうした危険な動きを阻止する国民的な大運動が重要です。

(長野県社保協事務局長・湯浅 健夫)


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